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東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)14号 判決

原告 中田卯之助

被告 安納新二

一、主  文

特許局が同庁昭和二十三年抗告審判第三〇九号第一七二七〇五号特許無効抗告審判事件につきなした昭和二十四年五月二十四日附の審決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。即ち、被告は、昭和二十三年六月八日原告を相手方として、特許庁(当時の特許局)に対し原告の有する特許第一七二七〇五号無効の審判請求をなし、同庁は同年十一月十一日附同年審判第四九号審決をもつて、「右特許を無効にする」との審決を与えた。原告はこれを不服として、同庁に抗告審判を請求したところ、同庁は、昭和二十四年五月二十四日附昭和二十三年抗告審判第三〇九号審決をもつて「本件抗告審判の請求は成立たない」との審決をなした。原告は、これに不服であるから、本訴を提起したのである。その不服の理由は次のとおりである。即ち、

本件特許第一七二七〇五号食糧品製造法の要旨は、電気的絶縁物の耐圧容器内に固泥状食糧物資をセロフアン袋に密実に詰め込みたるものを緊密に充填して密閉した後、該充填物に電流を通じて発熱せしめ、膨張を制止しつつ加熱し発生した圧力の下で放冷する食糧品の製造法である。即ち、右発明においては、耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填する点に発明者の苦心が存したのであつて、若し充填が緊密を欠き間隙部を生ずるようなことがあると、電流の通過に支障を来し、蒸焼が不均一になり、均一に焼き上つた良製品を得ることができないのである。この欠点を救うために、本件発明においては、固泥状食糧物資をまずセロフアン袋に密実に詰め込みしかる後これを容器内に緊密に充填したのであつて、かくすることによりてのみ、充填操作は簡単に行われ、間隙部を生ずることもないのみならず、電流の通過は均一となり、蒸焼も理想的に行われるのである。しかも、本件発明前においては、セロフアンは電流絶縁物と考えられていたから、これに詰めた食糧物資に電流を通じても蒸焼は不可能のように見えたのである。発明者たる原告は、この不可能に見えることを敢てして、事実は通電の可能であることを証したのであつて、しかも、セロフアンに詰めることにより、でき上つた製品を容器から取り出すのに頗る簡単であるのみならず、製品はセロフアンに包まれたままの状態で得られるから、保存性に富み、衛生的にも上上である。若しセロフアンに詰めないで容器に食糧物資を充填して通電蒸焼したとするならば、充填が容易なことでないのみならず、蒸焼物は、容器に附着し、又電極板にも附着して、その取出は容易のことでなく、工業的実施は不可能に陥るのである。

次に、本件発明においては、膨張を制止しつつ加熱することが重要要件なのである。本件発明以前に存在する数多の発明考案に関する明細書及び説明書を調査するに、いずれも或程度の膨張を許容するものばかりで膨張の制止を絶対要件としたものは、本件発明を措いて他にないのである。この膨張制止により、食糧品の蒸焼が比較的短時間にて行われ、且つ膨張制止下の放冷と相俟つて製品に締りを与えるのであつて、この膨張制止下に加熱するには、発明者の考案になる器具を使用することにより簡単に操作することができるのである。以上本件発明の重要要件を要約すると、その一は耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填すること、その具体的手段としては固泥状食糧物資をまずセロフアン袋に密実に詰め込みて行うことであり、その二は膨張制止下の加熱である。これが特許請求の範囲のみに拘泥することなく明細書の全文より判断した本件発明の本質である。この見地の下に特許庁の審決を判断すると、その正当なる所以は、

(イ)  本件特許の要綱を判断するに当り、特許請求の範囲に記載せる事項のみに膠着し、明細書全体を通じて判断することを遺脱したこと。

(ロ)  引用した昭和八年実用新案出願公告第一七八六二号公報中の摘録部分を判断するに当り、その当時の文献及びその当時の実際的工業状態を仔細に調査することなく、本件発明が完成された以後の進歩せる知識を基礎とし、単なる抽象概念的原理に止る引例中の記載を目して本件の発明方法が容易に実施し得べき程度に記載されているとしたこと。

(ハ)  昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報の引用が見当外れのものであること。

に要約されるが、更にこれらの点について詳述しよう。

昭和八年実用新案出願公告第一七八六二号公報に記載せる所は、「一般ニ此ノ種混和物(鳥獣魚肉其他食糧品の摺潰混和物)ニ直接通電加熱スルカ如キ蒸焼器ニ於テハ混和物カ蒸焼工程中著シク膨張スルコトヲ考慮セス混和物ヲ一定筒内ニ封シタルモノカ然ラサルハ通電方向ト直角ノ方向ニ膨張ヲ許シタルモノナリ然ルニ前者ハ工程中混和物ニ起ル膨張ヲ許ササル為メ強大ナル内部圧力ヲ生シ蒸焼直後ニ外壁ヲ取除クトキハ製品破裂スル恐レアリ一定温度ノ下降スル迄製品ヲ取出シ得サル欠点アリ又後者ハ通電方向ト直角ノ方向ニ膨張ヲ許スヲ以テ第三図ニ示ス如ク混和物(8)カ点線(9)ニ示スカ如ク膨張シ通電断面ノ相違ヲ来シ膨張シタル部分ノ不完焼ヲ来スモノナリ然ルニ本考案ニ在リテハ前記構造ニ依リ明カナル如ク蒸焼工程中通電断面ヲ一定ニ強持シ混和物ノ膨張ヲ通電方向即チ極板側ニ制限シ且ツ極板ヲシテ筒筐ニ内接セシメ適当ナル圧力下ニ筒筐内ニ於テ摺動自在トセシメタルヲ以テ上記ノ欠点ヲ除去シ得タリ」なる文詞である。

今本件発明と対比すると、右引用例では本件発明の重要要件の一たる耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填すること、その具体的手段としては、固泥状食糧物資をまずセロフアン袋に密実に詰め込みて行うことに関しては、その片鱗だにも言及する所がない。ただ「混和物カ蒸焼工程中著シク膨張スルコトヲ考慮セス混和物ヲ一定筒内ニ封シタルモノ」なる抽象概念的原理が述べられているだけでその一定筒とは如何なるものなりや、その耐圧力は如何、又封入は如何にするものなりや等それらの具体的手段に対しては何等言及する所なく、その工業的効果も全然不明である。しかるを、特許庁は「本件特許の発明の要旨は右刊行物に容易に実施し得べき程度に記載されている」と認定したのである。この認定は、本件発明の要旨を判断するに当り、明細書全体を通じて判断すべきを忘れ、特許請求の範囲として記載せられた文詞にのみ拘泥したからに外ならない。

次に、本件発明の重要要件である「……密閉した後充填物中に電流を通じて発熱せしめ膨張を制止しつつ加熱する」ことに関しても、前記引用例中には何等具体的な記載はなく、ただ「……前者ハ工程中混和物ニ起ル膨張ヲ許ササル為メ強大ナル内部圧力ヲ生シ……」なる記載よりして、両者は原理的に相似たるものならんと想像を逞しうし得るだけである。しかるに、右引用された公報の発行された昭和八年当時及び本件発明の完成前における発明考案を具さに調査するに、本件発明におけるが如く、固泥状食糧物資に直接通電加熱するに際し、蒸焼物の膨張を絶対的に許容しないものは全然見当らないのである。果してしからば、特許庁が本件発明を目して右刊行物に容易に実施し得べき程度に記載されているとの認定を下したのは、本件発明完成後においてその内容を知悉した後の進歩した知識程度をもつて判断し、その以前の実際的工業状態に思いを致すことなく、且つ原理的或は概念的方法が同一或は類似するも工業的効果において著大の差異あるものの発明たるを妨げないことを沒却したからに外ならない。

更に特許庁引用の昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報中には、「耐圧容器内に空間を残さないように固泥状食糧物資を緊密に充填しこれに直接電流を通じて全然膨張を許さないで蒸焼する装置」に関しては、何等記載する所がないのであつて、該公報の第二図には、蒲鉾の煉成資料が緊密に充填されたような状態を示しているけれども、この装置では、全然膨張を許さないで蒸焼することはできないのである、即ち、極板(2)が波状曲面を有しており、それに小孔を有し、極板(2)と平板(2)との間に小間隙を有すること、及び説明書中「……電流に依り発熱し水分は漸充蒸発し次に資料も同様に焼成せらる……」なる記載からすれば、蒲鉾の煉成資料が発熱加熱されれば、水分は極板(2)の小孔から(2)(2)間の小間隙に逸散し、又一部は函体の蓋板との間隙からも蒸発するものと考えられ、なお極板(2)の波状曲面は、資料(3)の膨張に或程度順応するは当然で、結局この装置は、全然膨張を許さないで蒸焼する装置ではないのである。

果してしからば、以上(イ)(ロ)(ハ)いずれの点においても、本件抗告審判の審決は、当然速やかに取消さるべきものである。なお、被告の答弁に対し、次のとおり述べた。即ち、

(イ)  被告は、特許請求の範囲が不明確の場合に限り、明細書全文から特許範囲を求むべきで、本件の場合、当該特許請求の範囲の項の記載は明確であるから、明細書全文から権利範囲を求むべきでないと主張するが、一旦許可した特許を無効となさんとするに際しては、特許請求の範囲中抽象的な表現をしてある部分を明細書の全文を通じて判断し、その真意を明確ならしむべきは当然である。

(ロ)  被告は、本件特許発明を目して公知公用の方法を作文して特許を受けたに過ぎないと主張するが、かかる主張は本件特許発明の真随を知らず、唯昭和八年実用新案公告第一七八六二号公報に記載された抽象的な文句が原告の発明と原理的に相似たることを作文技術をもつて糊塗表示したるに過ぎないものである。

昭和八年に既に実施されたとするならば、被告が昭和十九年七月十五日附で本件特許発明と同一内容の特許第一七三八〇〇号を出願した理由を解することができないし、又昭和八年当時特許を獲得していない筈はなく、更に一般に工業的な実施が行われていない筈はないのである。

(ハ)  被告は、昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報の図面を見ると、かかる装置で蒲鉾を焼成すれば、容器の構造から見て内容物資は全然膨張し得ないことは明瞭であると主張するが、この主張は技術的検討を無視した暴言である。「相対向する側壁に波状曲面を有する極板(2)を設け該極板背後に小間隙を有して平板(2)を重合し」云々「資料内において電流により発熱し水分は漸次蒸発し」云々の説明書中の記載を検討すると、この装置に資料を充填して電気を通じて加熱すれば、蒲鉾資料は加熱せられて膨張し、その膨張は波状曲面極板(2)により緩和され、なお該板に存する小孔より水蒸気が蒸発して容器の破損が免れるのである。この際の膨張は、容器自体の熱膨張係数による工業上いわゆる「ネグリヂブル」な膨張とは雲泥の差がある。本件発明の場合には、単に容器自体の熱膨張係数によるいわゆる「ネグリヂブル」の膨張だけが考えられるだけである。

なお、被告は、昭和四年公報の引用は蛇足であると主張するが、右の引用は、原告が昭和八年公報中には緊密充填及び膨張制止の条件を具備した方法が全然記載されていないと主張したのに対し審判官がこれを是認してその反証としてなしたものである。

前記するところにより、被告の主張の採るに足らないことは明瞭であるが更に次のとおり補足する。

セロフアン袋の使用が本件特許請求の範囲に明記してなく、その附記に記載されていることは被告主張のとおりであるが、実施例に過ぎないとはいえ、附記に「セロフアン袋に詰めて充填する」と明記されている以上、本件発明の範囲内に包含されてその要旨をなしているものなることは一点疑の余地のないところである。若し昭和八年公報中に記載の事項が本件発明の緊密なる充填をも包含していて、それだけでは本件発明の新規性が認められないと仮定するならば、セロフアン袋に詰めて緊密に充填することは、右公報中に容易に実施し得る程度に記載されていないから、特許法第五十三条により特許請求範囲の減縮訂正が合法的に可能であり何の不都合もないのである。

次に被告の主張するとおり、密閉容器を使い加熱すれば、内容物は自然に膨張を制止されながら蒸焼されることは当然であるが、この密閉容器が工業的には簡単なものでない。多くの特許、実用新案の集録されたものを見るに、図面の上では密閉状態を呈していても、その構造を仔細に吟味してみると、膨張が絶対的に制止され圧力に耐え得るものと認めらるるものは(ネグリヂブルの膨張を度外視して)本件発明以前には見当らないのである。本件発明においては、発明者たる原告の考案になる耐圧容器その他の器具を使用して膨張制止下の加熱を満足に達成し得て本発明の工業的成功を収めたもので、この条件が重要要件なのである。この条件が達成されて初めて圧力下の放冷が自然的に達成し得るのであつて、この圧力下の放冷はむしろ従的条件に過ぎないのである。しかるを、被告が本件発明の要旨を圧力下の放冷のみであると断じているのは暴論も甚しいものである。

被告は、昭和八年公報中の「膨張を許さざるため強大なる内部圧力を生じ」なる記載と、本件発明の「膨張を制止しつつ加熱する」とは同一意味で、これは、当業者は誰でも解ると云うが、これは本件発明完成後それを知悉した後において両者を比較しての言である。

又被告は、本件特許明細書中には圧力、温度等が具体的に明記されていないから、「緊密充填」、「膨張制止」及び「放冷」は工業的概念であり、昭和八年公報と五十歩、百歩であり、なお本件特許の工業的効果が著大であることの証左もないと云うが、本件発明においては、その以前に実施されたることなきセロフアン袋に密実に詰め込みて緊密に充填し、又膨張制止のためには電気絶縁物製の耐圧容器にして原告の考案になる特殊の器具を使用して加熱蒸焼し、全く生の魚肉等が蒸焼されてそのまま食し得る製品となるものであるから、温度は一〇〇度に近きものなるべく、又内部圧力に関しては、数字的に測定し得ないが、強靱頑丈な耐圧容器が時に破裂損壊することあり、又内容物が時に猛烈なる勢をもつて噴出することある等より考察すると、従来この種のものにおけると比較して、類例なき相当の高圧に達するものなることはこれを認め得るのである。しかして、本件発明は熱効率一〇〇%に近く、(即ち使用電力の殆ど全部が食糧品の熱熟に利用され、損失となるところが殆どない。)操作は簡単で短時間にて製品を得られ、製品は栄養価高く、衛生的で、保存性に富むので、その工業的効果の卓越せるものなることは、明細書の記載及びその実際に徴してこれを認め得るところで、これが何よりの証左である。従つて、本件発明の方法は、昭和八年頃の工業状態に比して墨と雪程の差がある。

なお、原告が昭和八年公報を引用して「当時本件発明の如き優秀なる発明が存在しなかつた」と立言したのは、右公報の記載事項について云々したのでなく、該公報の考案自体についてである。即ち図面にあるような電気蒸焼器が、図面で見ても明らかな如く摺潰混和物に直接通電加熱するに当り、通電方向にその膨張を許していることは、その当時本件発明の如き膨張を許さない方法が成功していなかつたからである。

と述べ、更に次のとおり附陳した。即ち、

本件特許第一七二七〇五号については、原告はさきに特許法第五十三条により「特許請求範囲の減縮」及び「不明瞭なる記載の釈明」に関して、明細書訂正許可の審決を請求したところ、それが特許審決請求公告第七二号として公告され、これに対して被告から異議の申立があつたが、該申立は理由がないものとするとの決定(昭和二十四年審判第一三〇号決定)がなされ、同時に本件特許明細書を右審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正することを許可するとの審決(昭和二十四年審判第一三〇号審決)がなされた。この結果本件特許発明の要旨は、電気的絶縁物製の耐圧容器内に固泥状食糧物資を硫酸紙又はセロフアン紙等の嚢袋に容れて緊密に充填し密閉したる後該充填物に電流を通じて発熱せしめ膨張を制止しつつ加熱し発生せる圧力の下にて放冷せしむることを特徴とする食糧品の製造法に係ることに減縮されたのである。しかして、この減縮された方法につき訂正許可の審決がなされたことは、この方法が特許出願の際独立して新規の発明に該当することを審判官により認められたことを意味するのである。しかして、右審決は昭和二十六年一月二十日登録確定したからこの方法自体が要旨として確定した訳で、本件特許発明が新規の発明なることに関して最早異論を挾むべき余地なからしめたと述べた(証拠省略)。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。即ち、

本訴提起に至るまでの特許庁における経過に関する原告の主張は認める。しかして、原告は本件抗告審判の審決を不当であるとし、項を分つて陳述しているので、被告も右項を追つて答弁することとする。

(イ)  原告は特許庁が本件特許の要旨を判断するに当り、特許請求の範囲として記載せられた文詞のみに膠着したと非難するけれども、特許法施行規則第三十八条第六項に、「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ欠クベカラザル事項ノミヲ一項ニ記載スベシ」と規定する所以を案ずるに、明細書全文を勝手に引用して解釈すると、権利範囲は広狭自在に解し得られて、これを確定することができないからである。従つて、特許請求の範囲が不明確の場合に限り、明細書全文から特許範囲を求むべきである。しかるに、本件特許請求の範囲の項の記載は明確であるから、他の記載を援用して特許範囲を定めるべきではない。

(ロ)  原告は、特許庁が昭和八年実用新案出願公告第一七八六二号公報の記載を判断するに当り、本件発明後の進歩せる知識を基礎としたと主張するけれども、これは全くの曲解である。右公報を一見すれば昭和八年には既に、本件特許発明の如き方法は、当業者が行つていたことが推知できるのである。少くとも、右公報からして、当業者は容易に実施し得るのである。これは、「進歩せる知識」をもつてしなくとも、又「工業状態」からしても、蒲鉾電気焼に応用する程度の電気知識においては、昭和八年と今日とは何等差異はないのである。なお特許法にいわゆる「容易に実施し得べき程度」とは「当業者(専門家)が業務上の知識経験に従い容易に実施し得る程度」を指称することは異論のないところである。

(ハ)  原告は、特許庁が昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報を引用したことを目して見当違いのものであると主張するけれども、右公報の図面を見れば了解できることであるが、かかる装置で蒲鉾を焼成すれば、容器の構造から見て、内容物資は全然膨張し得ないことは洵に明瞭である。原告の本件特許発明の方法においても、工業上問題とするに足らぬ程度の膨張は、勿論当然生ずるものである原告の所論は詭弁というの外ない。

原告の主張の理由のないことは上述した所でつきるのであるが、更にこれらの点について詳述しよう。

原告は、本件特許発明の要点として、固泥状食糧物資を「セロフアン」袋に密実に詰め込むことを強調しているが、「セロフアン」袋使用は、本件特許請求の範囲に記載なく、却つて右範囲の附記第一項に記載しあるに徴すると、「セロフアン」袋使用は、本件発明の要件でなく、発明実施の一例に過ぎないのである。従つて、原告は本件特許請求の範囲中に、「セロフアン袋に密実に詰め込みて」なる文句を殊更に挿入して、結局権利範囲を狭小限定に曲解して、この「セロフアン」に理由を附して、もつて特許無効を免れんとしているのである。更に、又「セロフアン」袋に詰め込むことは、少くとも、昭和七、八年以前から当業者が蒲鉾電気焼において実施し来れることは争うべからざる周知事実であつて、特許庁においても勿論顕著な事実である。むしろ、蒲鉾電気焼において、「セロフアン」を使用しないものは殆どないのである。殊に筒状容器で焼成するものは、皆「セロフアン」袋に詰めるのである。これは、「セロフアン」を使用しないと、内容物が容器にも附着し、取出しにくく又清潔でないのと、操作も簡単に行われにくいから、昔から当業者が使用していたのである。多くの特許実用新案の明細書等に「セロフアン」につき記載がなくとも、当然のことだから書いてないまでのことであつて、実際には皆通常使用していたのである。原告も自ら主張しているように、「セロフアン」に詰めないと工業的実施は不可能に陥るのである。この公知公用の「セロフアン」袋使用を自己の発明なるが如く種々述べ、「緊密充填」の主張の裏付けとなさんとするは、原告の詭弁である。

次に、原告は本件特許の重要要件として「膨張を制止しつつ加熱すること」を強調しているが、これは本件特許の重要要件でも何でもない。

膨張拡大を許さない密閉容器を使い加熱すれば内容物の膨張は自然的に制止されながら蒸焼されるのは当然で、これが「特許請求の範囲」に記載されているのは、公知公用のことを唯工程の順序方法の一説明文句としてである。この文句は、「膨張を制止しつつ加熱し発生せる圧力の下にて放冷せしむることを特徴とする食糧品の製造法」と続けて読まなければ意味をなさないのであつて、本件特許は圧力のかかつたまま放冷して内容物を取出し、製品に「締り」を生ぜしむることが目的であつて、その点のみが発明要旨である。このことは、明細書全文を読み、そして全工程の如何なる部分に特許を請求しているかを特許請求の範囲で求むれば判明することである。しかるに、「圧力下放冷」は実は古くから(少くとも昭和七、八年以来)公知公用されていたのを本件特許出願人は、尤もらしく作文して出願し、特許庁も漫然許可したものに外ならない。かかる無効原因を含む特許は決して少しとしない現状と思う。原告は、「膨張制止を絶対条件」としたものは他に一件もないと云うが、皆膨張制止するのが普通であるから、かかる当然の工程が他の特許、実用新案では明細書等に書いてないまでのことであつて、昭和八年実用新案公報を見れば、この間の消息は自ら明白である。原告はこの公報を目して「抽象概念的原理」を意味するに止るものであるというが、当業者は勿論この程度で充分了解できるのである。原告は昭和八年公報には、「膨張を制止しつつ加熱」に関しては、記述がないと云うが、これは、右公報中の「膨張を許さざる為め強大なる内部圧力を生じ」なる記載と同一意味である。これは原理的という程のものでなく、当業者は誰でも解るのである。本件特許明細書とても、何等緊密度の圧力につき、圧力計の度数が記載してあるわけでなく、又「圧力下放冷」というも、温度何度と記載してあるわけでない。従つて、工業的概念でいう「緊密充填」であり「膨張制止」であり「放冷である。結局昭和八年公報の記載と五十歩、百歩である。なお原告は、本件特許が工業的効果において著大の差異があると云うが、如何なる著大の効果ありや明示しない。蓋し公知公用の方法と全然同一方法を唯作文して許可を受けたに過ぎぬから効果に差異のありようがないのである。

更に、原告は昭和四年実用新案公報中の記載につき云為しているが資料を緊密に充填しなければ、電気焼は不可能であるから、緊密充填は当然である。又膨張を許さない装置であることも一見明白である。たとえ僅少の水分が逸散すると仮定するも、工業的通念からして右公報記載の装置は、内容物の加熱による膨張を許す装置とは云い得ない。なお昭和四年公報は蛇足的に特許庁は引用したものであつて、本件特許を無効とするには昭和八年実用新案公報で充分事足るのである。

果してしからば、本件抗告審判の審決は言簡なれども要を尽していて、妥当のものと信ずるから、原告の請求は到底棄却を免れないと述べ、なお、原告の附陳に対し、本件特許発明の明細書に関し、特許庁昭和二十四年審判第一三〇号審決によつて、その訂正許可が与えられた経過に関する原告の主張は認める。しかし、原明細書は、右審決が確定した以後から訂正されることになるのであつて、特許権の当初に遡つて訂正の効果を生ずることにならぬ。

しかして、本件事案は右訂正許可制の特許権に関するものであり、しかも右審決の確定を境として本件特許の権利範囲は相異するから訂正許可の審決が確定したとしても、本件に影響を与えるものでない。なお訂正許可の審決が昭和二十六年一月二日登録確定したことは争わないと述べた(証拠省略)。

三、理  由

被告が昭和二十三年六月八日原告を相手方として特許庁に対し原告の有する特許第一七二七〇五号の無効の審判請求をなし、同庁が同年審判第四九号事件として同年十一月十一日附審判をもつて「右特許を無効にする」旨審判を与え、原告がこれを不服として同庁に抗告審判を請求し、同庁が同年抗告審判第三〇九号事件として昭和二十四年五月二十四日附審決をもつて「本件抗告審判の請求は成立たない」旨の審判を与えたこと、その後原告から特許庁に対し右特許発明の明細書の訂正許可の審決請求があつて、それが特許審判請求公告第七二号として公告され、これに対して被告から異議の申立があつたが該申立は理由がないものとするとの決定(昭和二十四年審判第一三〇号決定)がなされ、同時に本件特許発明明細書を右審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正することを許可するとの審決(昭和二十四年審判第一三〇号審決)がなされ、該審決が昭和二十六年一月二日確定したことは当事者間に争がないから、本件特許発明の要旨は特許請求の当初に遡つて右訂正許可審判のとおりに訂正されたものといわざるを得ない。

被告は当時発明の明細書の訂正許可の審決が確定しても特許権発生の当初に遡つて訂正の効果を生ずることにならぬと主張するけれども、特許法第五十三条が第一項において特許請求範囲の減縮を誤記の訂正不明瞭なる記載の釈明と併存し、第三項において減縮の結果残つた特許請求の範囲が特許出願の際独立して新規の発明なることを要すと規定している法意を考えると、同法条にいわゆる特許請求範囲の減縮は同法第五十四条にいわゆる特許請求範囲の変更のように発明の内容を置換えるような実質上の変更を意味せず、例えば特許請求範囲の曖昧部分を削減して該範囲を明瞭にするような特許請求上の不完全を更正することを意味するものと解するを相当とする。果してしからば特許法第五十三条第一項による審判請求によりなされた特許発明明細書の訂正許可の審決の効果は特許請求の当初に遡つて生ずるものと解せざるを得ないから、被告の主張は採用するに由ない。

そこで成立に争のない甲第一ないし第五号証、原本の存在並びにその成立に争のない同第七号証の一ないし四の各記載を比照して綜合考察すると、本件特許第一七二七〇五号の要旨は、特許出願に当り原告から提出された明細書中特許請求の範囲の項に記載された字句によると、電気絶縁物製の耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填し密閉したる後該充填物中に電流を通じて発熱せしめ膨張を制止しつつ加熱し発生せる圧力の下に放冷せしむることを特徴とする食糧品の製造法であつたため、被告から原告を相手方として特許庁に本件特許を無効にするとの審判請求がなされ、同庁は昭和二十三年審判第四九号審判事件において昭和八年実用新案出願公告第一七八六二号公報に記載されている「一般に鳥獣魚肉その他食料品の電気伝導性ある摺潰混和物に直接通電加熱するが如き蒸焼器においては混和物が蒸焼工程中著しく膨張することを考慮せず、混和物を一定筒内に封じたるものかしからざれば混和物を通電方向と直角方向にも膨張を許したるものなり。しかるに前者は混和物に起る膨張を許さざるため強大なる内部圧力を生じ蒸焼直後に外壁を取除くときは製品破裂する恐れあり、一定温度の下降するまで製品を取出し得ざる欠点あり」との部分を引用して、本件特許発明において耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填することと右引用例における食糧品の摺潰混和物を一定筒内に封ずることとは後者も蒸焼工程中混和物に膨張を許さないものである点に徴して同一操作を指すものと認められ、且つ前者の通電後発生した圧力の下で放冷する操作は後者もこれを必要とするものであることは、後者が蒸焼直後に外壁を取除くときは製品破裂の恐れがあるから一定温度の下降するまで製品を取出し得ない旨記載する点から見て明らかであるから、本件特許発明は右引用例に容易に実施し得べき程度に記載されているものと認め本件特許を無効とする旨の審決をなし、昭和二十三年抗告審判第三〇九号事件においては、右審決の理由を支持すると共に又本件特許発明において耐圧容器内に空間を残さないように固泥状食糧物資を緊密に充填しこれに直接電流を通じて全然膨張を許さないで蒸焼する装置は昭和四年実用新案出願公告第一五一四五号公報に記載されているところであることを附加して、原告の抗告審判の請求を排斥したのであるが、その後原告から特許庁に対し特許法第五十三条第一項に基き本件特許発明の明細書の訂正許可の審判が請求されると、同庁は昭和二十五年十一月二十八日附をもつて本件特許発明明細書の特許請求の範囲の項及びその他の個所において「緊密に充填し」とあるを「硫酸紙又はセロフアン紙等の嚢袋に容れて緊密に充填し」と訂正することは、前示本件特許発明の要旨が耐圧容器内に固泥状食糧物資を緊密に充填する手段について何等限定をなさずいろいろの充填手段が考えられる特許請求範囲の曖昧を除去してこの範囲を明確に限定するものであり、且つ前記明細書の実施及びその他の個所において硫酸紙又はセロフアン紙等の嚢袋に容れて緊密に充填することは記載されているから、特許請求範囲を実質上拡張変更することに該らず、同範囲の減縮に相当するものと認め、又尚明細書のその他の記載の訂正は右特許請求範囲の減縮の趣旨に従つて、それに関連する各個所を誤解の虞がないように明確にしたものであるか又は前後の記載に照し一層明確にしたものであつて、不明瞭なる記載の釈明に相当するものと認めた上、訂正後の残部は特許出願の際独立して新規の発明を構成するものと認めて前示訂正許可の審決を与えたことを肯認することができ、右訂正許可の審決が昭和二十六年一月二日確定して訂正の登録がなされたことは当事者間に争ないところである。そして前掲甲号各証と当事者に争ない事実とにかんがみれば右審決の理由は正当であり、又右審決に対して更に無効の審決等がなされたなんらの証左もない。

してみるに、本件特許無効抗告審判事件について特許庁のなした本件審決は、本件特許発明の旨意を明細書の特許請求の範囲の項に記載された字句のみに拘泥し、発明の性質及び目的の要領、発明の詳細なる説明等の諸項その他に記載されているところを参酌することなくして判断し、殊に「硫酸紙又はセロフアン紙等の嚢袋に容れて緊密に充填する」ことが本件発明の要旨に入るやの点を考慮しないで判断した点において結局違法の審決といわざるを得ない。

被告は本件特許発明は公知公用の方法を尤もらしく記述したに過ぎない旨縷々主張するけれども、前示のように訂正された本件特許請求の範囲については被告の主張を信用するに足る証拠がないから採用するに由ない。

果してしからば、特許庁のなした前記抗告審判の審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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